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2009年2月9日(月曜日)

Attakkalari India Biennale 2009

カテゴリー: - hama @ 09時20分54秒
バンガロールで2月6日から開催されている “Attakkalari India Biennale 2009″ のオープニング・イベントが無事終了しました。
今回は祝祭的な雰囲気を目指して、ダンサー、メディア・アーティストなど十数カ国のスタッフ陣で90分あまりのパフォーマンスをつくりあげました。テーマは “City on the Move”

以下、簡単に写真紹介。
(続き…)


シンガポール チャンギ空港でのWiFi接続

カテゴリー: - hama @ 09時09分21秒
バンガロールでの日程を無事に終え、現在帰国途上のシンガポール、チャンギ空港にいます。
メモがてらWiFi接続について。

チャンギ空港のターミナル3では無料でWiFiネットワークに接続することができます。
私が試した範囲では、
ネットワーク名称:Access-SATS
に接続した上で、インターネット接続を試みるとログイン画面が表示されます。
そのログイン画面にユーザーIDとパスワードが明記されているので、入力してログインする事で、無料でインターネット接続が可能でした。

なお、空港内にACの口が用意されたデスクも用意されているので、バッテリー切れの心配もありません。場所はインフォメーションカウンターで確認できます。

以上、参考になれば。


2009年2月3日(火曜日)

バンガロールでの食事事情

カテゴリー: - hama @ 16時34分03秒

詳細は後ほど。
(続き…)


2009年2月2日(月曜日)

花づくし

カテゴリー: - hama @ 20時42分29秒
インド、バンガロールの続きです。
何かほこりっぽい写真が続いたので、ちょっときれいめのものを。
City Marketの地下はお花を扱う問屋がひしめき合っていて毎日ものすごい量の生花を処理しています。

(続き…)


インド日記2009春-未完

カテゴリー: - hama @ 20時13分19秒
2009/01/24
今日から三度目の渡印。今回は出発前にあらかたの仕事が片付いていたかな。急に突っ込まれたarsネタが気がかり。7時過ぎに自宅を出て、タクシー、リムジンバスをのりついで成田へ。このパターンももう何度目だろうか。今回もJFの助成が決まって良かった。免税店でJayへの日本酒を買う。出発前に購入して荷物の中へ入れておけば良いのだが。11:30のフライトが30分以上遅れて離陸。SIN着18:45(現地時間)。飛行機は話題のエアバスA380である。シート間も広めに取ってあり、乗客も少なく非常に快適なフライトだった。機内で出発直前に購入したフィリップ・フォレストの「さりながら」読了。うつろなままだったので、もう一度読み込む必要があるかもしれない。小林一茶のパートにうなる。彼の日本文学への理解に尊敬の念を覚える。
フライトが遅れたので、シンガポールでのトランジットを心配するも、何て事は無し。20:05発。BLR 21:50着。日本との時差は3.5時間。シンガポールとは2.5時間である。
噂には聞いていた新空港、確かに新しいがすごく違和感のある空港ターミナルだと感じた。少しも新しく見えない。しかも市内から道路がすいている時で1時間の距離。何だか妙に整然としてしまってインドらしからぬ光景。勝手に懐かしい光景を期待してしまっていた。
ドラスティックに街の様子が変わって行く、その現場に正に立ち会っている感覚。でも日本もすごい勢いでスクラップアンドビルドをされてるんだけどね。前川国男の東京海上ビルの一件が白々しいくらいに、東京駅前も高層化されてしまった。
今夜はEliam宅に投宿。本人はChennaiの母上のところに出かけていて留守だというが、なんとChristian Zieglerが滞在中。私はミュンヘン以来、2年ぶりの再会。今回の金融危機の影響で株で損した、とか話してました。明日から仕事。

2009/01/25
夜中に何度も目が覚める。よく寝付けなかった。9時頃にみんなが食卓に揃う。Chrisの近況などを聞きながら朝食。宣教師としてインド各地を旅していた彼の曾祖父の日記などの記録が見つかり、それをトレースする作品を制作中だと言う。素晴らしい文脈ではないか。
朝食後、Chrisはsetupに出かける。
10:00すぎになって9:45に行くよ、と連絡が入っていたJayがやってくる。特に変わった様子はないが、一時(いちどき)にたくさんのプロジェクトを抱え普通に急がしそうな様子。
今回のビエンナーレもスポンサーが途中でおりてしまったりで、Eliamが私財を持ち出しているらしい。というわけでこのプロジェクトのプロデューサーはEliamです。その他の情報としては
2009年10月 PURUSHARTHAソウル公演
2010年   PURUSHARTHAカナダ公演
など。
その後、Jayに連れられてAttakkalariへ。Thomas, Shymon, Bahadu, Nareshらと再会。Shymonは昨年の9月に結婚したそうです。結婚相談所の紹介で知り合った女性と。会計を担当しているJayanには20日ほど前に子どもが生まれたばかりだという。おめでたい。
Jayの車で今回のオープニングが行われるVenue、Chowdiah Memorial Hallの下見。交通の粒子の細かさがウリ?だったBangaloreの交通事情もずいぶん変化が。要はリキシャが減ったかな、ということです。車線を無視して前へ前へと詰めて行く感覚がちょっと減ったような。
今日は日曜日だが、明日もRepublic Dayということで休日だと言う。シンガポールでは今日が旧正月の祭りだそうで。会場となるVenue, CMHは著名なバイオリニストの名前を冠したホールで、建物自体がバイオリンを模した形をしているというキッチュなもの。弦やら弓まで再現されている。当日はオープニングのイベントとしてホールの外や内部にわたってカーニバル的な興行が繰り広げられることになっている。Jayの話では現地のメディアもたくさん訪れるという。我々のチームが担当するのは、建物外部からの映像プロジェクション、エントランスのpathway、1Fフォワイエの演出、ホール内部の映像などの演出となっている。
ラフ案を検討してAttakkalariへ戻る。
Chris, Thomasも交えて昼食に。Andra料理(アンドラプラデシュ州:州都はハイデラバード)店。我々はMealsを食す。これで35ルピー、って約70円か。
ここはJayにごちそうになる。
14:30にはエリアム宅に戻り、これから2週間を過ごすことになるUTCなる施設へ移動。このUTC、Venueには近いものの中心部からは離れている上に近くにスーパーマーケットもレストランもなく、不便な事きわまりない。正直がっかりするが、昔からのバンガロールの風情であろう、緑豊かなのどかなところではある。簡単に我々のタスクを整理する打合せを済ませ、リキシャでAttakkalariへ。70ルピー。彼らの新作"Chronotopia"のセッティング、リハーサルが終わろうとしているところ。彼らのリハーサル終了を待ってレストラン"KUDOLA"へ。食事ついでに私の誕生日も祝ってもらう。食べたのはPomfret Curryとパロタ。松本さんはAnjal Curryを食べていたが、サバのようだという話。Pomfretはおそらくカレイでしょう。
一緒に食事をしたのはAttakkalariの新しいプログラムマネジャー、Alyiehとアイスランド出身、スウェーデン在住のプロデューサー、__の2人の女性を加えた計8名。帰りにキオスクで誕生日祝いに松本さんにOld Monkを買ってもらう。リキシャで戻り、部屋で呑み直し。Old Monkの瓶を空にしたところで解散。ちなみに帰りはリキシャでCantonmento Stationまで乗る。夜行列車を待つ人と到着した人々で駅は昼にはないにぎわいを見せている。我々の宿泊しているUTCは線路向こうなので昼間同様汚物でにおう線路をわたって向こう側のホームへ抜け、帰ることになる。

2009/01/26
早朝からコーランの音や、到着する夜行列車の汽笛などでにぎやかなことこの上ない。7:30ころ起きてメモ。8:45に迎えのタクシーに乗ってAttakkalariへ。他の参加者にも会い、簡単なミーティング。コルカタから来た二人組。舞踏に造詣の深いクラシック・ジャズダンスの彼と、古典舞踊カタカラリの彼女。彼らは夫婦だそうで。朝食は通称カドヤにてPugli。やっぱうまい。宿からの道中は祝日という事とRepublic Dayということで、要人の移動も多いのか至る所で必要以上の人数の警官たちによる交通規制により、勿論ひどい渋滞。
午前中はようやくネットワークに接続できたこともあり、メールの処理をしたり、電話(iChat)したり。
ようやくEliamにも会う。せっかくなのでProcessingの勉強の続き。併せてChronotopiaのリハーサルを見学。黒メッシュのスクリーンに投影される白いイメージはかなり良い雰囲気を作り出している。ChrisのChrisたる所以。しかし、カナダからのChris Salterたちはいつやってくるのか?昼食はカドヤでMeals。美味い。カドヤではずいぶん前からお皿にバナナの葉っぱは使っていない。
Planningに基づいたスケッチを描いたり、プログラムを試したり。途中スーパーへ買い物に出かけるも特に必要なものがないことに改めて気づく。シャンプーくらいか。14:00~15:00、オープニングのリハーサル見学。一通りのシーンを確認するが、最後のカラリパヤットをモチーフにしたシーンはかなりパワフル。格好いい事この上ない。夕方になってWilsonも登場。18:30すぎにJayの車でJay宅へ移動。今日は彼の家でパーティ。徐々に人も集まり始め、多いときには20人ほどの人たちでいっぱいになる。ようやくRaginiにも会う。イギリスから参加しているKinetikaの人々はやっぱり英国人。ディレクターのAliからKinetikaのDVDなどを受け取る。彼らのデザイン・スケッチやFlying Rikisha! のデザインモデルを確認する。やっぱりBritish Style, なんだろうこの感覚は?メカへのこだわりとか、職人魂的サムシング。ロンドンのAAスクールを訪れた際に地下工房を見学したことがあるが、その時のインパクトに通じるものがあった。我々が受けた日本の建築教育に最も足りていない部分かもしれない。学生たちはもっと実際の素材に触れるべきである。Thomasとは少しカメラ談義。
23:00すぎにリキシャで戻る。この時間になるとCantonment駅も列車が出た後で駅前もそれほどにぎやかではない。駅で寝る事にした人々ばかり。UTCの門は閉まっていたので、門番にあけてもらう。Receptionの彼は今日も部屋がない、ととぼけている。Very India.

2009/01/27
我々の宿泊している研修施設とも言うべきUTCでも朝食がとれる、というので8:30に下におりて朝食の白カレー、クスクスのような名前が不明なもの、9:30にむかえのリキシャが来る、という連絡が部屋にあったので、慌てて出かけるも人影なし。門のところでしばらく待機しているとAttakkalariでチャーターされたリキシャがやって来る。Bahadhuの友人の友人だというKaleemが運転するリキシャ。借り上げなので機嫌が良い?午前中はリハーサルの見学など。Hotel Mayflowerのベジレストランでミールスの昼食。15:00前にリハーサル・スペースのNIFT (National Institute of Fashion Technology) へ向かう。非常に遠い。メキシコの現代建築的なキャンパス。ちょっとのびのびしていていい感じ。Kinetikaのメンバーたちはここの学生たちとブレスト何ぞをやりながら実製作を進めている。ちょっとやられた感が強い。
我々も学生を巻き込んでやるくらいのプログラムは可能だと思うのだが。遠くまで来てしまったので漫然とリハーサルを見学、という訳でもなく、インスタレーションのプランをいくつか練り直す。Garden Cityの名残やTree Mafiaの問題点をあぶりだすべく、開発のために伐採された材木を使用した車輪に望みを託すものを考えたり。しかし、考えているインスタレーションにはちょっとフィットしづらいかも。やはり、材木にひもを渡してそれに紙を結んでもらう、という方がよさそう。夕方まで様子を見て、19:00前にAttakkalariへ戻る。たまたま来ていたHema Sundhaliに会う。ロンドンに6ヶ月ほど留学していたそうなのだが、次のステップを目指しているところだとか。PURUSHARTHAのダンサーたちがどんどん巣立って行くのは素晴らしい事だと思うし、彼らの中から次の世代が生まれてくるのは間違いない。
22:00にAttakkalariまでKaleemに迎えに来てもらう事にしてChurch St.にあるCoconut GroveへThomasと三人で食事に。松本さんはJoを迎えにAnirと空港まで。Coconut Groveではマトンのカレー、Erachi 何とかとパロタ。勿論ビールで流し込み、満腹。すでに22:00すぎ。
ブリゲイド・ロードの端でThomasを見送って、Kaleemに電話。ブリゲイド・ロードの入口まで迎えに来てもらう。ところが、実は電話代の方が待ち合わせ場所のAttakkalariまでのリキシャの運賃より高いという…。無事Kaleemにブリゲイド・ロードの入口で拾ってもらい、見た事のない下町をたくさん抜けてUTCへ。戻って30分ちょっとでJoが到着。ずいぶん疲れた様子。明日はCity Marketへ取材にいこう、という話でまとまる。
夜のうちに機材リストをつくり始める。
※Chrisに見せてもらったサンプルで映像の構成は大分見えて来た。

2009/01/28
7:00過ぎに起きて機材リストの簡単な仕上げ。いつも通り8:30すぎに朝食。今日はいつものコーンフレークにトーストとオムレツのみ。9:15にUTCを出て市場へ。一時間近くかかって到着。その間手持ちでビデオ撮影。いつものCity Marketをデジタル一眼を担いで撮り歩く。さすが、ズームレンズの威力を満喫。これはちょっとクセになりそう。でも一時間ちょっと撮り歩くとさすがにちょっと疲れて来る。10:30すぎにリキシャを拾い、UTCへ戻る。いつも通り線路を渡ろうかと思ったら、停車中の列車がいたので、はじめて跨線橋を使った。ちょうどKaleemがやって来たので、そそくさと準備してたっぷりの荷物でAttakkalariへ。我々の機材リストをfixしてからカドヤで昼食。今日もMeals。Thomas, Chris, Jayも合流。彼らはずっとChronotopiaのリハーサルである。午後は15時すぎにVenueへ向けて出発。採寸など。図面を起こして機材のプロット。今回改めて気づいた事も多く、再検討の余地あり。30mのメジャーを持って来た甲斐があった。渋滞を避けて早く帰るために、せかせかして作業を完了。今日はムスリムの人々のイベントらしいが、なぜかサンタクロースがいる。誰かその季節外れ具合を教えてやってくれ。Attakkalariへ戻った後は、リストの整理とWilsonとのミーティング。要件整理。Chrisの事の進め方やThomasの冗談半分の要求など、見ていて面白い。打合せ後の変更点なども多々。Jayとも再調整の必要があるが、なかなかその時間が取れるかどうか。いつものことながら映像を担当する松尾さんの負担は大きくならざるを得ない。19時すぎにAttakkalariを出る。リキシャでブリゲイドロードへ出て、チャーチストリート経由で今回初のKosy’sへ。タンドリーチキンやビリヤニなどを食す。
21:30過ぎに店を出て、UTCへ戻る。シャワー後、松尾さんの部屋にてみんなでラップトップを並べて作業。細部の情報が少ないので、図面も中途半端になりがちだが、必要なところではないので、気にしない。今回は毎晩シャワーの際に洗濯をしているのだが、まとめてするよりもこの方が圧倒的に楽な事に今更ながら気がついた。しかし、これは洗濯物を部屋干ししていてもすぐに乾くインドだから、ということもあるかもしれない。

2009/01/29
8時すぎに起床。昨晩は午前2時過ぎまで松尾さんの部屋で作業。しかし、相変わらず周囲が騒がしいので何度も目が覚める。8時30分に食堂へおりていくと、松本さんがすでに食事中。松尾さんは結局現れず。昨夜ちょっと頑張りすぎたに違いない。Kaleemに11:00に来てもらうように連絡。部屋からは外線がつながらないので、1F外の公衆電話から電話。たったの1ルピー。携帯でローミングサービスを利用して電話すると250円くらいにはなるはずなので、ばからしい事この上ない。ずいぶんと見慣れた街並を眺めながらAttakkalariへ。11:30過ぎにカドヤで昼食。今日は全員でマサラドーサ。私にとっては実は今回初となる。やはり美味い。昼食後はひたすらドローイングの続き。各人それぞれの作業を続ける。休憩がてら近くに出来たフランチャイズを思わせるmore.というスーパーに出かけるが、入口で料理用のMoong Dalがぶちまけられている。搬入中に袋が破れてしまった様子だが、その脇では大して頑丈でもなさそうなその袋を相変わらずバンバン叩きながらの陳列作業中。そんなことしてるから袋が破れちまうんだろう!と言いたくなる光景。今更ながらインドはつっこみどころ満載である。カフェインが入っている飲料、PEPSIについつい手が伸びてしまう松尾さんがいうところのインド人はものごとを俯瞰して見られないんだ、という指摘はもっともである。
図面をいったんプリントアウト(A4x8枚:A1サイズ)し、みんなで確認しながら手で書き込む。それを元に再度修正。縮尺の問題はあれど、原寸のモノがもつ力を再認識。休憩がてらFacebookでインド人と立続けに友達になる。
紙に書いてもらったものを結びつける部分でインスタレーションが決まらない。いずれにせよ通路部分に車輪はフィットしないので、いずれかの場所が必要。紙はA4、四つ折りくらいのサイズかとも考えたが、書き込まれた人々の願いが読めた方が良い(七夕のように)気もするので、短冊的な扱いをした方がよいのかも。というわけで荷札を使う案が急浮上。
19:30すぎにChronotopiaのリハーサルが終わるのを待ってChurch St.へ繰り出す。Kosy’sが満員だったので、Chrisおすすめのレストランがある、というのでそこへ向かう。ちょうどCoconut Groveの向かい。HM Groupというよく見る看板の店舗。明らかに華僑系列であろう。ずいぶん高い値付け。そこで食べたのが250gはあろうかというChateau Briand、つまりヒレ肉のステーキ。ローズマリーが利いて美味い。ガッツリしたものを食べて元気がいや増す。22:30すぎにリキシャでUTCへ戻り、図面の直しなどを済まして寝る。夜の間に今回始めて何ヶ所か蚊に刺される。蚊取りは効いてないのか?

2009/01/30
今日も7時過ぎに起床。図面書いたり、スケッチしたり、ラヂバンダリ!8時半に食堂へ。昨日、一昨日のメニュー(ここ三日間)がかぶっていたので、今日はひょっとしてトーストか?と期待をかけずに出かけたら、何と今日はプーリにカレーが二種類、というもの。小さめとはいえ、プーリ4枚を食す。Kaleemに11:00に迎えに来てもらうように連絡するも現れず。何度も電話してみたが、どうやら勘違いしてAttakkalariに行ってしまっていたらしい。仕方がないので、ながしのリキシャを拾ってAttakkalariへ。すぐにShymonに図面を出力してもらい、それをタタキにTechミーティング。PJは一台あたり20,000ルピーもするらしい。プリちゃんは素晴らしく頭の切れる青年である。ミーティングで大体つかみ、昼食へ。今日もカドヤ。Mealsを食す。ただし、チャパティではなく、プーリ。14:00〜様々なパフォーマンスのプロダクションについてリサーチを行い、それについての本を出版しようとしている編集プロダクション?の女性がAttakkalariへやって来てRaginiを交えてのインタビュー。すべての要素があいまってまったく異なる空間を作り上げるプロセスのことなどを話す。すべてを通じてコミュニケーションがテーマであったことなど。途中、リハーサル合間のJayが現れてそれまで話していたことの総括を非常にうまく行う。スケッチや図面などプロセスを紹介する資料をRagini宛に送付する事を約してお開き。あとは夜まで作業。
夕食はまたもCoconut Groveへ。今日はメニューで二番目のチキンカレー。伝統的なスパイスを使用した、というもの。穀物類はアッパムをチョイス。ウォータードーサともいい、実際は蒸しドーサ。今日の朝Goaから到着したばかりのImreとThomasが遅れてやってくる。Chrisは今日も帰ってしまったらしい。ImreはGoaが大好きらしく、今年の5月頃までインドにいる、と話していた。彼のプランでは3月くらいまでGoaにいて、その後ヒマラヤあたりまで北上するつもりらしい。佇まいがちょっとした俳優の様でもある。
明日は9時過ぎに迎えのタクシーが来て、空港まで往復で撮影の予定。

2009/01/31
結局毎日7時過ぎに目が覚め、前日の夜に日記を書いていない場合はそれをしたりして、朝食までの時間を過ごしている。朝食をとるのはもう8時30分からに決まったようなものなので、その時間に食堂へおりて行く。今日の朝食はドーサとカレー。といっても店で食べられるようなカリカリに焼けたものではなく、自宅でつくるとこうなってしまう、といったゆるいホットケーキのようなもの。まあよし。松本夫妻は先に朝食を済ませたのか、時間になってもおりてこない。松尾さんと二人で朝食。ここ二日ほど松尾さんは朝食をとっていなかった。
今日は三人で新空港への道路の撮影に行くことになった。迎えのタクシーを9時に頼んでいたので、それに乗って空港へ。相変わらずの街中の渋滞を抜けてひときわ大きな道路へ出る。政策決定されたであろう大動脈。平均時速70〜80kmくらいでみんなとばしている。昨年に比べると道路を好き勝手に横断する人の数は減ったようだ。事故が多発して危険な事に気づいたのかもしれない。例のデコトラがたくさん走っている。この時間は国内線の発着ばかりなのか、タクシーは往きも帰りもあまり見かけなかった。空港周辺はまだまだ荒野と形容すべき光景が広がっている。乾いた空気、強い日射し、乾ききった大地。恐らくバンガロールの市内は20世紀初頭に欧米人たちによってかなりの本数の樹木が植林されて現在の景観を作り出したに違いない。それが今は開発の波で樹木伐採の非が問われている。そのことについては午後のテック・ミーティングの際、プリータムからインスタレーションに用いる木材について指摘を受けた。昨日までのプランでは開発で伐採された木材のうち、加工前の小枝を用いてスペースを形作ろうと考えていたのだが、その木材が簡単には手に入らないだろう、という。もし手に入れようとすれば、またどこかの小枝を簡単に切った上で我々に供給しかねない、というのだ。それは十分に考えられる事なので、素材を竹に変更する事で進める事にする。
そのほか、実際に使用するプロジェクターでのテストはまったく問題なし。プロジェクターの大体の画角が判明したので、図面に落とし込み直す。セッティングについては大分見えて来た。クリスも会場のフォワイエガラス面に投影する際の素材についてテスト。マイラーのような素材で事なきを得る。
今日は早めにAttakkalariでの作業を終了し、徒歩で夕食ができるところを探す。結局Kudlaへ。はじめてShell fish curryとSanasを頼んでみる。非常に美味。グッドチョイス。ただ、しじみのような貝ばかりで、ひたすら身のない貝をしゃぶり続けるというもの。しかしいいダシが出てます。Sanasとは※の粉でつくった蒸しパン。これも小麦粉のものとは違った味で非常に良い。松尾さんはチキンビリヤニ、松本さんは素揚げの魚(あじ?)、Joさんはベジビリヤニをオーダー。食後に出て来るビターナッツをパンの葉にくるんで食す。これも気に入った。部屋に戻った後はKudla近くで入手したOld Monk片手に松尾さんの部屋へ。作業のかたわらで酔っぱらい親父。

2009/02/01
今日(書いた1/31付けのもの)からPCのエディターで日記を付け始める。これまではすべて手書き。公開を前提としない事が大きな理由。ただ、ブログのprivateモードで書き込めば公開せずにアップデートでき、しかも好きなときに公開のステイタスに変更できる。
今朝のコーランはことさら長いもの。日曜日は特別なのか。今日はいつもより遅く目覚め、8時頃から日記のタイピングをはじめる。いつも通り8時半に食事に行くと松本さんが一人で食事中。Joは後からやってくる。ほどなく松尾さんも。ところで、今日の朝食は再びのトースト。しかもはじめのうちはオムレツも無し。食後はそれぞれ部屋にこもって各自の作業。私はデータの整理とワイヤーフレームのムービーづくり。まったく満足できないが、ビジュアルの効果に期待しよう。テストが済めばもう少しましなデザインに修正した上でムービーの書き出し直しを行うつもり。イメージとしては80年代にラッシュがThe Big Moneyのプロモで見せたようなもの。
13:30に出かけようというので、レセプションで待つが誰も一向に来る気配がないので3Fに戻ってみると、Joが部屋の鍵をなくしたとかで松本さんちがバタバタしている。気になっていたジャヤマハル・パレスホテルで昼食。やはりここは昨年オープニングの会場探しで訪れた場所だった。敷地の奥の方にある野外レストランで昼食。パスタを食べようと試みるも時間がかかりすぎる、ということでマトンビリヤニに変更。松尾さんはチキンビリヤニ、松本さんはパニールのカレー、Joはグリーンピースのカレー(あまり辛くないもの)を食す。ビリヤニと一緒に供されるライタ(ヨーグルトに野菜がミックスされたもの)はビリヤニと混ぜて食べると辛さがヨーグルトの酸味とコクで適度に中和され、非常に美味しいものになる。インドのレストランでは大体一緒に供されるはずなので、お試しあれ。食事が済んだ時点ですでに15時少し前。制作ミーティングに遅刻。ミーティング自体は制作過程の報告会。みんな一様に課題はあれど、大枠では問題ないのではないか。Jayはひとりでフェスティバル全体の事と個々の作品についてもディレクションがあるので、かなりしんどいはずである。そこは松尾さんがしっかりフォロー。私の個人的な課題としてはオーディエンス参加型にしようとしているインスタレーションプランへのエリアムの意見をどう考えるか。何百人もの人々に紙にものを書かせて取付けさせる、ということが現実味にかける、という意見だったのだが、まあ予想していた意見なので、ここは強制はしない、ということで落ち着かせるつもり。アイデア自体をあきらめてしまっては全く意味がない。
16:30すぎにミーティングは終了。デキる男プリータム(通称プリちゃん:今回はセッティング・スケジュールを作成してミーティングにのぞんでいた。そんなインド人スタッフははじめて見たぞ。)に機材リストやプロットのpdfをメール送信して日本人スタッフ連れ立ってJay宅へ。途中、エリアム宅に持っていく花を購入。エリアムは黄色が好きだという。了解です。
さて、Jay宅はベランダ越しにすばらしい夕陽が差し込んでいる。すだれを透かして部屋に特別な照明効果のようなものをうみ出している。この時間にJayの家にいたことがないので、はじめて見た。ケララのメディカル・ウォーターとかいうものをもらう。飲んでみると、これは煎じ薬だな。サンダルウッドのにおいがプンプン。一袋おみやげにもらう。うちの奥さんが喜びそうなもの。出かける前に土産としてハーブティーは頼まれていた。そして、Jayが日本で買って帰ったものなのかちょっと賞味期限はすぎてしまっているが、みんなで緑茶を楽しむ。うん、悪くない。18:45ころJay宅を出て、エリアム宅に向かう。今日はエリアム主宰のパーティ。入口でKinetikaのメンバー数人と出会う。今日のパーティもフェスティバルの関係者が多く集まる。Chris SalterのスタッフやMoyaとTarekにも会ってはじめて話す。 Moyaは南アフリカ、ヨハネスブルク出身の非常にパワフルな女性。今回の参加者の中でもオーラがちょっと違うかも。
帰りのリキシャが強烈。なんとハンドルのアクセルが故障しているのか、サイドミラーから渡したワイヤーを手ぬぐい越しに握ったうえでワイヤーの張りを調整して運転している。運転もうまい。毎晩面白いリキシャのドライバーに遭遇して、ひとつの楽しみみたいになってきた。

2009/02/02
今朝の朝食からたくさんのフェスティバル関係者らしい宿泊者をたくさん見かける。スペインからのBrouhahaやらイギリスからのダンサーたちやら。はたから見るに、まだインドになじんでいない様子。別段なじむ必要もないのだが。食後、午前中はインド日記の過去分を大量に打ち込みをしたり、プランニングの修正をしたり、ワイヤーフレームムービーの作成テストをしたり。あとはケルアックの「オン・ザ・ロード」を読んで過ごす。13時過ぎにUTCを出かけ、となりのJayamahal Palace Hotelにて昼食。昨日の大宴会の片付けなども行われている。やはり、それなりに名の通ったホテルなのだろう。我々のとなりには20人ほどの団体用にテーブルがセッティングされていて、ほどなくビジネスマンとおぼしき人々が現れて、私たちよりさきに食事をはじめる。ところで、結局ランチでパスタが食べられない事が判明した後の今日のチョイスは、新じゃがのカレーとパロタ。松尾さんはフィッシュ・カレー、松本さんはダル・カレー。リキシャをひろって15時過ぎにAttakkalariへ。メールチェックなどを済ませた後、以前Attakkalariのメンバーだったショビータが通っていたという女子校の体育館へ。由緒正しいお嬢さん学校、という感じの場所。のびのびとして非常にいい環境のところ。ダンサーたちがそこでリハーサルを続けているので、我々は構成の確認。サウンドのベーシック・トラックなどを調整する。Bharatanatyamに特徴的な7拍子のビートがようやく見える。「タ・キ・タ・タ・カ・デ・ミ」、通称タカデミビート。「今回おれは音やんないよ。」という松尾さんに松本さんが鍛えられている。…インドで修行か。正しいあり方だな、頑張ってください。そして私はドキュメント用というわけでもないが、リハーサル風景の撮影。照明は十分とはいえないが、50mm F1.8の威力はよくわかる。安いながらも使い勝手の良いものだ。20時すぎまでリハーサルを行った後は徒歩でChurch St.にあるEmpireへ。今日はHema Sundariの希望で食事会。Empireの真ん前でThomasに遭遇。Just on time. さすがです。結局食事会はRakesh, Hema S, Somiya, Thomas, そしてわれわれの計8名で。Hema SやSomiyaは同じくex. Attakkalariのアビラシュと一緒に彼が始めたスタジオでダンスを続けているという。それにしてもSomiyaにあえてThomasは非常にうれしそうな様子。われわれはタンドーリチキン、カマリ・ケバブ、パニールの何かカレー、そして羊の脳みそカレーを食す。羊の脳みそカレーの食感は想像通り、白子のようなもの。美味しいのだが、非常に罪深い感じがしてしまう代物。しかも手を使って食べているから食感の前に手の触感がたまらん。あまり積極的にチョイスしたいものではないかな。そういえば、昨年Johnson Marketでまさしく生の脳みそを見かけた(食べる事よりも衝撃的なビジュアルが記憶に残っている)のだが、その時は子牛の脳みそかと思っていた。あれは羊の脳みそだったという事ですね。Johnson Market自体はムスリムの人々がよく利用している市場なので、ケバブと同じくあちらの習慣なんでしょう。SomiyaやHema Sとオープニングの際に会う事を約してリキシャで帰る。帰り際に買って来たビールを飲みながら、松尾さんの部屋で作業を進める。インドにいても夜型です。ムービーのレンダリングやらで音楽をプレイできない松尾さんに変わってiPodから選曲。午前3時前に部屋にもどり、今日撮った写真を整理して寝る。

2009/02/03
早くもオープニングまであと3日である。昨日は遅くまで起きていたので、8時過ぎになってようやく目が覚める。8時半を少し回ったところで食事に出かけるも、日本人チームは誰もおらず。今日はプーリとカレー。食事を済まし、コーヒーを飲むタイミングで、Brouhahaのメンバーに声をかける。午前中の打合せの事など。11:30からの打合せまでの間はワイヤーフレームデータのブラッシュアップ作業など。11:30からのミーティングでベーシックトラックのさわりを確認してもらうが、構成もまだ煮詰まった段階ではないので、なかなか難しいところ。フェスティバルなので、作り込む訳にも行かず、ありもののリミックスの手際が試されるところだが、どうでしょうか松本さん。これまでほとんど調性のある曲を作ってこなかったので、苦労している有様がまざまざと。
打合せを切り上げて、彼らを迎えに来たバスに同乗し、一同でAttakkalariへ。Brouhahaから来た三人のドラマーのうち、IsnadaとIsmaelは双子の兄弟だという。Attakkalariにはその後インド人のパーカッション奏者も到着し、いよいよ今日から生パーカッションを交えたリハーサルの開始。
昼食はカドヤでマサラドーサ。コンビニにも立ち寄り、二日連続でCoke!。明らかに糖分の取り過ぎ。AlyiehにPritamをつかまえてもらうように依頼。Pritamにはインスタレーションの心配をしていることを伝え、スケジュールと機材リストを受け取る。
Brouhahaのダンサーによるデモンストレーションを見学。引率役のダンサーは素晴らしいが、普通にフラメンコ。ちょっとつんのめった。Brouhahaも国際的なカンパニーらしく、ヨーロッパ各国のダンサー、ミュージシャンたちで構成されている様子。今回来ているのも、パーカッションはポルトガルから、ダンサーは英国とスペインから、といった調子。国際的に活動した方が助成を受けやすいという政治的な理由もある模様。
16時過ぎにリハーサル会場へ。どうも我々の雲行きが怪しくなって来たので、踏ん張りどころである。
会場にはAttakkalariからロープやテープなどを持ち込むが、結局テープでスペースのマーキング。全体の2/3ほどのスペースしか取る事ができない。フラメンコダンサーたちとカタカラリのMitulはステップ対決をしている。彼女たちのステップを舗装路でみせることはできないので、オーディトリアム内での大団円で見せる事になるのだろう。Jayは各地からたくさんのダンサーたちが集まって非常に楽しそうである。みんな若いしね。しかし、生パーカッションはアゲアゲで全部持ってかれそう。しっかり仕切ってやらないと、日本人チームの意味がなくなってしまうぞ。私も自分のインスタレーションのことが心配で、リハーサルを集中してみるどころではない。改めてインスタレーション・プランを3D化する、という作業に着手。1/20くらいの模型をつくるのが手っ取り早そうだけど。20:30過ぎにようやくリハーサルを終了し、今夜夕食に招かれているRagini宅へAlyiehの車で向かう。いまイスラム教シーア派のお祭り時期で、渋滞が激しいので、抜け道を使う。9:30ころにようやくRagini宅へ到着。Raginiのご主人は先日Eliam宅で一年ぶりにお会いしたが、拠点をムンバイに移しているので、今はRaginiと上の娘の__が二人で住んでいる様子。犬はZoy。下の娘さんはアメリカ留学中だという。上の娘さんはWebDesignの勉強をしているそうな。インドで会社でも作ってもらいますか。夕食は素晴らしいものがたくさん供された。マトンカレー、チキンカレー、肉詰めオクラ、アッパムなどなど。非常に美味。デザートのキャロットなんとかもカシューナッツが入っていたりで美味しいものでした。このデザートは北インドでは非常にポピュラーなものだといいます。夕食をごちそうになった後、23時半前にRagini宅を辞す。タクシーで246 Rps.500円もしないのか。昼間だと一時間くらいかかりそうなところを30分弱で帰る。UTCの門のところで、MoyaとNarekに出会う。
部屋に戻った後はいつも通り、シャワーと洗濯を済まして松尾さんの部屋へ。オープニング・パフォーマンスの構成表をエクセルで作成。フラメンコのクラップが欲しいという松本さんに、Paco de Luciaのネタを進呈。Joのアドバイスで構成表のたたきを完成させ、午前2時半前に松尾さんの部屋から自分の部屋へ戻る。明日からは現場での仕込みが始まる。ただし、ホール自体は使用されるイベントがあるので、その合間をぬってのセッティング。日記を書き終えて3時半。明日からは徹夜でのリハーサルや仕込みなどが控えている。

2009/02/04
今日も長い一日となった。現在5日の午前2時半になろうとしているところ。今日は8時前に寝床を抜け、8時半過ぎに1Fの食堂へ。松本夫妻も朝食に現れるが、松尾さんは現れず。今日はあいにくトーストがメニューの曜日である。もうあきらめがついた。実は食堂の入口に朝食のメニューが貼ってあり、それをみれば何曜日がどの食事かはあらかじめわかるようになっている。しかし、ここはインド。There is no rule. コルカタから参加しているMitulは食堂のおばさんに直接何か頼んで、御礼に10ルピーを渡していたらしい。そうだよな。今日もBruhahaのメンバーと朝食時に歓談。IsnabaとIsmaelの見分け方など。彼らはまだ10代だそう。マネージャーとして随行して来ているウマは彼らの小さい頃から成長を見守って来ているらしく、感慨深いようだ。そんな彼らの稽古場に小さな子どもたちが見学に来て、彼ら同様パーカッションの練習をはじめたりしているらしい。そういった受け継がれ方に非常に感激している様子。そんな彼女自身はマレーシア生まれのCardiff育ち。
我々は9時半前にUTCを出て、リキシャでChawdiah Memorial Hallへ。スケジュール表の通りにVenueへ出かけたのだが、現段階では特にできることがない。もう一度プロジェクターの位置などを確認する。Plitam, Thomas, Imre, 我々3人の計6人で昼食に出かける。今日もプーリを食べてしまった。どうも揚げパンが好きなよう。他のみなさんは北インド、南インド双方のミールスを食していた。Venueに戻り、Bamboo guyを待って、発注の相談。細いのがなく、3.6mものを二本に切る、という加工(一本120 Rps.だとか、計40本)の依頼を済ませる。紙の事が気になったので、Plitamに紙の調達や加工をしてくれる場所を探してもらい、連絡先を控える。どうなってしまうかわからないので、自分で発注をしてしまうつもりである。今度はImreと4人でリキシャにのり、Attakkalariへ。急いでメールチェックなど。コンビニでSpriteをゲットし、AttakkalariからリキシャでRichmond RoadのPrint Xpressへ。バンガロールのリスマチックですな。Sanjayというマネージャに接客してもらう。荷札のようなものが欲しい、と伝えると、できあいのものを見つけるのはなかなか難しい、という返事。そりゃお宅は印刷屋さんですからな。加工の指示をすればオリジナルのものを作成してくれるという。すぐ隣にあるKyuuriousというconquerorを専門に扱う商社を紹介してもらい、そこで紙のサンプルを確認。Print Xpressに戻り、A4の縦方向を4等分した上で、穴空けとヒモ通しの加工指示書を手書きした上で予約。夕方の時点で明日の朝までには、という返事。予算のことがあるので、結論は持ち越して、Attakkaraliへと戻る。そこでEliamからFestival Stuffを受け取る。ナイスな布バッグや協賛についているHimalayaの化粧品、Tシャツなど。ナイス!みんながいっぱいいっぱいのなか、手違いでやってきた20人乗りのバスにたった4人で乗車し、リハーサル会場のBishop Cotton Girls Schoolへ。ダンサーたちは先にウォーミングアップを始めているので、急いでマーキング。リハーサル中は写真撮影とビデオ撮影の両方。Joは今回Jayの助手的な立場で頑張っている。松本さんはドラマーたちに自分で要求を話しに行くようになって、大分頼もしくなって来た。音楽監督なのでがんばってください。おかげでドラミングのメリハリもかなりはっきりついて、シーンの印象が大分良くなって来た感じ。今日は最後のシーンをKinetikaのコスチュームをつけたBrouhahaがやったのだけど、すごいなあれは。まあ生ドラム。どこに出かけて行っても同じ事をする、という再現性をひとつのアイデンティティとするもの。ダンサーはもちろんの事、見学者一同大興奮。学校の講堂を使ってのリハーサルをいったん終了し、今度はVenueへの移動である。ダンサーたちは中心地で食事を済ませた上でバス移動。我々はKinetikaの大道具などを搬送するトラックの荷台に便乗、Bahadhuと。不意にジンバブエで体験した真夜中のヒッチハイクを思い出す。あの時はグレート・ジンバブエに予約していたホテルにたどり着けるかどうかわからない不安な状況の中、何度か車を乗り換えてホテルまで乗り継いで行ったのだった。その時に最初に乗ったのがピックアップトラックの荷台。満点の星空と、真っ暗闇の中からニュッと飛び出して来る白い手のひらにたまげたのだっけ。
到着後はすぐに夕食へ。Venueから徒歩5分ほどのFamily Restaurant。バターチキン、パニールのカレー、チキン・レモン・チリを食す。ナンで。今日は設営なので、あいにくビールはなし。かわりにラッシー。食事から戻るとすでにリハーサルがはじまったばかり。あわててマーキング。水糸を持って来るべきだった。
セッティング自体は思ったようなトラブルもなく、プロジェクタの設置位置、クロマキーのテストなど無事終了。クロマキーを使ったスペイン人ダンサーとMitulのシーンはやばくエロい。つまり、格好いいという意味です。明日の夜プロジェクターで投影されたらみんなびっくりするだろう。テストの結果に松尾さんはご満悦である。それはそうだろう。デコ・リキシャもリハーサルに参上。ドライバーはなんとAnir。こうして場当たりを大体済ましている間に、フォワイエでChrisのインスタレーション設営手伝い。いつの間にかたくさんの人が手を貸している。Good!。芝生利用の関係で彼のプロジェクションは外部からではなく、フォワイエ内部で行うことになった。実は今日プロジェクタ用のアウトプットの関係でマザーボードにダメージを受け、PowerBookProがおじゃんになってしまった傷心のChris。午前2時になろうかというところで今日は撤収。バスに満載の人でUTCに戻る。シャワーと洗濯、日記を済ませ3:30過ぎに就寝。

2009/02/05
非常にインド的?な一日。さすがにいつものようには起きられず、8:40頃に食堂へおりて行く。食堂でいつも顔をあわせるのは、松本夫妻とウマ。彼女は話し好きでJouとよく盛り上がっている。今日はトニも一緒。午前中にCity Marketまでロープを調達に行こうかと思ったが、Pritamに連絡してからにする。Attakkalariで確認して携帯に連絡。寝ていたところだったらしい。荷物をVenueまで持って行こうかと思っていたが、誰もいないらしいので、Attakkalariに行く事にする。11:00すぎにAttakkalari着。今日は一人でリキシャに乗って来たが、途中どう考えても遠回りをされたので、反省。AttakkalariでメールのチェックとShymonにバーの話。しかし、彼はこのことをまったく理解していなかったらしい。照明以外の事についてはちょっと難しいかな。すぐにコンビニで水とビスケット、マンゴージュースをゲット。メールチェックなど。人々は我々の事をLaptop addictだと笑っているようだが、まったくその通り。ただ、今回は部屋に回線がないので、仕方ないかも。今日もカドヤPoorimarで昼食。プーリでミールス。Hemaのプロジェクトの音を担当しているアムステルダムから来たRen、二人のダンサーJeromeと誰か、など今日もたくさんの人たちが到着している。食事の後は14時からのインタビューを控えてオープニングの参加者が続々と集まる。14時過ぎに何とフラメンコのフォトセッションから始まる。みんながいぶかしく思っていたら、その後となりのスペースで車座になってTimes of Indiaの記者からの取材を受ける。人数が多いので、全員の話を聞く訳にも行かず、記者はそそくさと取材を切り上げる。人が多いのでムンムンしている。KinetikaチームはU.K.の空気を振りまいている。冗談ばかり言っては笑っている。U.K.ダンサーはそれほど英国臭を出していないので、性格的にコスモポリタンな人が多いという事なのかもしれない。松尾さんは仕事の方が結構大変そう。私の方は今日まちむらの子どもPが公開されたようなので、外野から見ているだけ。しかし、非常にショッキングな出来事が。森山産業が出展するライティング・フェアでのブースでの商品プロトの展示は差し控えてくれ、という要望が来た。担当だった川端さんが入院し、引き継いだ高橋さんからのメール。原因が全く不明だが、今回の渡印がその一因だとすれば、致し方なしか。ひとまず、帰国後に連絡して伺う事にする。
8日に公演予定のHemaの作品を見る事ができないかもしれないので、リハーサルの予定を少し遅れることにして通しの音合わせを見学。素晴らしい。今回のフェスティバルではHemaはオープニングのほかに自分の作品、Moyaの振り付けによる作品、Chronotopiaなどひときわ掛け持ちが多かったので、心配だったが、Attakkalari全体を通して感じる通り、ダンスのスキルが非常に高まった。動きの質の問題もさりながら、構成が非常に秀逸。音楽と表現内容のバランスがよく、非常に見やすい作品。当初は4面を観客に囲まれた場所で行う事を想定したものだという。ただし、今回はプロセニアムでの公演。一目見て感じたのは、今後もホールの形態に関わらず、そのコンセプトをキープしたままである意味シンメトリカルなイメージをキープしたらどうかというもの。照明を利用して線と面のバランスを変えながら、幾何学的にステージを使い分けたり。
Chris Salterのアシスタント?と松尾さんの三人でリキシャに乗り、リハーサル会場のBishop Cotton Girls’ Schoolへ。今日は衣装をつけてのリハーサル。フェスティバル気分がいや増す。今日も松本夫妻はドラマーチームと打ち合わせながら、音の進行について着々と積み重ねている。グッド。毎日リハーサル中の見学の人が増え続けている。こちらでは中学生、高校生のような年齢の学生たちがきちんとインタビューに来ていること。学校新聞のようなもので紹介するのか、きちんと質問してくるので、きちんとしていると思われる事を答える。
いろいろ通しで稽古を進め、オーディトリアム内部での構成までようやく進む。Sagaのカラリパヤットは早くてやばすぎ。なんでモテないんだろうか。それともモテモテ?
今日もリハーサル終了後に小道具など搬送用トラックに乗って(今日は助手席)、CMHへ。Bahadhuが後ろに乗ってしまったので、抜け道を使わず、渋滞しまくりのCity Railway Station前の大通りを通るという愚行に出る。劇混み。
到着後はインスタレーションが心配なので、夕食抜きで作業。作業前にEliamとSundah夫妻にインスタレーションの詳細を紹介。Eliamはずっとインスタレーションで紙を取付けてもらうところを心配していたのだと思う。オープニングの公演前に休憩中のダンサーなど参加者たちにカードを書いてもらい、先に取付けておくつもりであることを説明。翌日の公演後、その判断が正解だった事が判明することになる。普通に考えてもなかなかこういうものには参加しづらいものである。モチベーションの問題。Sundahには徐々に上部が開いて行くというHPシェルの構造を説明。
さて、そのインスタレーション、作業に入ろうとするが、Shymonに伝えていたはずのバーなどがまったくなく、作業が進まない。試しにGI Wire、要はバンセンを使用してとっかかりを作る作業をスタートしてみるも、全く機能せず。準備不足を露呈し、顔が引きつりまくり。Shymon, Radhuらが手伝ってくれるが、Radhuは非常にクレバーな男である。しかし、Pritamはキレキレ。すごいなヤツは。デキる男。ヤツの会社は大きくなるに違いない。でも翌日判明するのだが、フェスティバルのたびに携帯を紛失するらしい。困っている様子をみて、いろいろアドバイスしてくれるが、今日出来る事はなくなってしまったので、明日朝一番でBambooを計8本発注してもらう事にして、午前2時前にJouとAttakkalari手配のバスでUTCに戻る。実はUTC行きのバスに乗り損ね、最後のバスでドロップしてもらった。
先に戻っていた松尾さん、松本さんの様子をみる。松尾さんはどうやらSundahにモーショングラフィクスを発注されたらしく、苦戦中。松本さんはインスタレーション用にインタビュー音声の編集中。頑張ってください。私もProcessingでモーショングラフィクスを試してみるも、Maxがあればできそうなことばかり。うまくないので、午前4時前に就寝。

2009/02/06
さて、本番当日。朝から気が気ではないが、8:40ころに食堂におりて行き、食事。松本夫妻とUma, そしてBrouhahaの英国人ダンサーと一緒。彼女はWalesの出身らしい。10時近くまで話続ける。音のセッティングがあるため、11時までに来てくれ、と言われていた松本さん夫妻と10時半過ぎにUTCを出て、リキシャでCMHへ。芝生への水やりなどですぐには作業に入れず。インスタレーションの方はというと、Pritamから"Your bamboo is on the way."と言われる。ひとまずCMH脇の万屋で飲み物 (limcaビン) とペンを調達。ペンは何と12本入りで10 Rps.という代物。持って行かれてもどうってことないものですね。Bambooの到着を待って、音のセッティングに入る事のできない松本さんにも手伝ってもらい、スタンドの配置などできる作業をはじめる。今日はPritamの紹介で女性が一人手伝ってくれる。彼女は回路設計のエンジニアだと言う才媛。頭がよさそう。予定より早くBamboo到着。しかしすごいのが来たものだ。想像以上にいびつな形の竹がやって来る。まあ7mのスパンを飛ばそうというのだから致し方なし。さっそく太めの番線とロープを使用して作業開始。上部を固定し、続いて下部を固定。セッティングに入れないサウンドガイのAmitも手伝ってくれる。上下の軸が決まるとあとはセンターから振り分けで取付けて行くのみ。こうなればあとはスムーズ。当初の予定通りにやって来たShymon, Radhuも加わり作業が進む。何とShymonは新婚の奥さん連れ。なんとなくリンダみたい。
ともかく、設営は順調に進み、竹とロープ、蛍光灯の取付が終了したところで、休憩をかねて食事に。Venueからちょっと歩いてShymonたちがいつも来るというレストランでMeals。帰りに両替をかねて向かいの薬局に立ちより、アーユルヴェーダ的なサムシングをゲット。その後万屋でペンと水などをゲット。ペンは安いので、店にあった品を買い占めた。
ほどなくダンサーたちも到着。Aliyehをつかまえて用紙をゲット。Jouにも協力してもらってみんなに記入、取付をうながす。それなりの数が集まり、何となく格好がついたか。実際はずいぶんベタかな、と思うので日本ではトライしないかもしれない。やっても小学生のワークショップとかかな。何人かから、いいね、という声をかけてもらう。しかし、今日は風が強く、印刷屋で結ばれて来たはずの部分がほどけてしまい、吹き飛ばされてばかり。幸い、紙が強かったのか、破れる、ということはなし。周辺にはりついて飛んだ紙を拾っては取り付け。音のセッティングでShymonがまたやってくれた。2台用意されるはずのCDプレーヤが1台しかない。困ったやつだ。公演終了後のリキシャでヤツはいいやつだけど、いつもfocusがずれている、とThomasが話していたが、その通りに感じる。おれも人の事は言えないけどね。オロオロしがちではある。アワーブリンクを思い出さずにはいられない。

公演は大盛況で大成功。カルナタカ州のお偉いさんもやってきて、開会の宣言をした。彼は昨年来た際に州庁舎を訪問したおりに対応してくれた人かもしれない。
Attakkalariの活動を通じてBangaloreはインド国内での文化首都としてのアイデンティティを確立できるのではないかと勝手に思う。
公演終了後はThomas, 松尾さんの三人でVenueを先に出て、リキシャでChurch St.へ。Museum InnというBarでビールを先に飲んでて、というAliyehの指示に従ったのだが、うるさい上にゆっくりできそうもないので、ThomasおすすめのThe Only Oneというステーキハウスへ出かける。


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